常に食べている人の顔を思い浮かべながら、調理すること。

商品開発課の佐藤はナリコマ社に入社して18年。青春時代を野球に捧げ、常に周りの人の気持ちを考えてきた。調理の道に歩を進めたのも、目の前の人を喜ばせたいという気持ちからだった。

「お前、それおじいちゃんおばあちゃんに作ってるけど、自分のおじいちゃんおばあちゃんに食べさせられるのか」

ある日の上司の言葉が今も心に残っている。ダイナミックに感じていたセントラルキッチンでの大量調理にも慣れてきた、入社数ヵ月頃のことだ。目の前にお客さまがいる店とは違い、セントラルキッチンで自分が作った食事は誰に届くのだろう、と不安に感じていた日々に上司の言葉が大きなヒントとなった。上司の言葉で、思い浮かんだのは自分の祖父母の顔。目の前の人に届けたいと思いながら、自分がつくった食事を食べている人の姿を想像していなかった自分に気づいた。大量調理で作る場所がセントラルキッチンだから、食べている人の顔は見えないのではなく、自分が食べている人の姿を想像すらしなかったのでは？

「今、俺が作っている肉じゃがを食べたら、じいちゃんばあちゃんはどんな顔をするんだろう」

佐藤は、想像してみたが、表情を思い浮かべることができなかった。そこで自分はまだ、自信をもって「俺が作った」と言える食事を作れていないのではないかと気づいた。より一層、ご高齢者においしい食事を食べてもらいたいという気持ちが強くなった。以来、後輩が入ってくるたびに佐藤は「じいちゃんばあちゃん、おいしそうな顔してるか？」と聞くようにしている。

介護食の新製法に捧ぐ、熱い思いがある。

商品開発課に所属し、材料、調理法の改良を重ねる日々の中、後輩へ言葉を尽くしても伝えきれない熱い思いがある。入社してから18年、会社の規模はどんどん大きくなり、セントラルキッチンも全国に増えた。比例するように、個人の裁量が大きくなるほど、気持ちが伝わりづらくなることを実感している。

「言葉だけでは伝わらない思いというのはたくさんある。だから、仕事に向き合う自分の背中を見て、若い子たちが調理にもっともっと強い気持ちを持ってくれたら御の字ですね」

そのために佐藤自身も介護食に真剣に向き合っている。介護食の新製法開発は、ゼロベースからナリコマの製法を刷新するためにさまざまな苦労があった。従来の製法より、食材を細かく刻むことができる機械を投入したことで、水分量を抑えてなめらかさを実現できる。たとえばニンジンは、栄養価や食物繊維が含まれるものの、これまで使えていなかった皮の部分も利用できるようになった。食材比率は約30％上がった。一方、食材を余すことなく使用するため物性や食材の味が濃く出すぎるなどの課題も。「濃くておいしい」「濃すぎて好みに合わない」と真逆の感想が試食した人から出ることもある。佐藤は、これまでより一層、食べる人のことを想像しながら製法と味のバランスを追求するようになった。

調理の経験を経て、商品開発に携わる現在でもあの時の上司の言葉は忘れていない。どうすれば喜んだ顔が見れるのか。食べている人のことを想像して、作り方から日々お食事の改良を重ねている。